Mel Channel

ただ宇宙を想い、運命を愛する

ポンー宇宙運命

 

父がポンと診断され

 

死ぬかもしれないから

旅行を計画し

 

魂の先輩に相談したら

父巻き込み型宇宙運命進出令が出て

 

以前は乗り気じゃなかった

宇宙運命進出令に

急に興味が出て

 

父がポンになったのは

むしろわたしが

宇宙運命を進出するきっかけに

なるためだったんじゃないかと思っていて

 

そこで終わっていいのかと

父の運命に体当たりし

 

放射線も化学療法もする気がない

と言っている父に対し

手術を止めるという

現代的には意味不明な行動をし

 

それにより

親子関係が壊れてしまうのではないかと

恐れていたけど

そんなことはなくて

父とのつながりは強く

そんな簡単にくずれないということが分かり

 

不意に見たテレビで

「できることは全部やったから

諦めがついて

死ぬ準備ができたんだよ」

と言っていて

 

なるほど

わたしのように

いつでも命を明け渡せるわけではないよな

父が縋りたいと思うものは

好きにやらせてあげよう

 

いやそもそもそれが

わたしのスタンスなんだけど

宇宙運命は

父に手術すらゆるそうとしない

非常にハードなんだよな

なんて思い

 

とにもかくにも

もうわたしの宇宙運命は進んでいるわけで

まだ来てない父の死を

悲しむこともなく

前進するのみで

 

それに父が手術をしようがしまいが

少しずつ父が変化していることは

実感しているから

結果どうなれそれが運命で

 

宇宙運命のせいでも

何のせいでもなく

わたしが今

できることをするだけ

っていうかんじです

 

この先も

運命を進みながら

色んな変化を辿りながら

一喜一憂して

生きていくと思いますが

まわりの人も

何か思うことがあったら教えてください。

 

わたしが思っている以上に

人間は脆く

人間は優しい

 

ていうか

そろそろほんとに

ポンという表現が

バカバカしくなってきた

それが狙いなんだろうけど

なんやねん

ポンって。わら

 

とーちゃん、それはポンだよ🍊

 

 

 

 

 

殻が破れた

 

知り合い全員に

大好きを届けたい

そんな気分です。

 

1週間前に

インフルエンザーになり

体調を崩したことで

殻が破れた感覚があります。

 

今の職場は

不定愁訴、風邪、コロナ、

腸炎、インフルエンザと

しょっちゅう職員が休んでいて

皆の免疫力が低いのか

ワクチンの影響か

子どもと距離が近く移りやすいのが

どれほど影響するのか

ほんとうによく体調を崩して

おやわさんね

と思っていました

 

そんなわたしは

今の職場に来てから

最も忙しかった秋頃に

1度体調を崩したのですが

絶対に崩れるものかと

死に物狂いで過ごし

休まず出勤していました

 

休むのが怖いのではなく

休むのが嫌なのではなく

そもそも休む概念がなく

「死にやしない」

っていうのが心の中の口癖なので

風邪を引いたくらいじゃ

少し辛いくらいじゃ

死にやしないで

乗り切ってきたんですよね

 

なんでそんなに

気張っていたのか

 

思えば

保育士の世界に

看護師1人で飛び込んで

 

園長先生はじめ保育士たちが

「看護師さんにバカにされちゃう」

「保育士はこんなこともできないのかと思われちゃう」

と冗談風に度々口にしていて

きっと保育士たちも

バカにされないように

気を張ってたのでしょう

 

今思うと、わたしも

ただ1人の看護師として

的確に判断して働かないとと

非常に気を張っていたんですね

 

わたし自身は

バカにされる不安は

ありませんでしたし

周りをバカにしていたわけではなく、

保育士世界では

こうなのか、そうか…

という

落とし込みに必死だったんですね

 

わたしにとって1番の戦いは

保育士世界に飛び込んできた時の

「今までの看護師世界からすると

ありえないんですけど!?」

っていうことでした。

 

「咳が出てて喉が痛かったから

あの時コロナだったんだろうな~キャハハ」

面と向かって食事してる最中に

「咳がめっちゃ出て治らないんだけど

仕事休むと給料入らないの嫌だから検査するわけないよね~」

「実は昨日まで38℃超えの熱があったけど、熱は治まったので来たのよ~。咳は出るんだけどね~ゲホゲホ」

などと聞いた時に

あまりの責任のなさに

言葉を失いました

 

コロナ病棟のときは

体温37.5℃以上は

問答無用でコロナ検査

咳や喉の違和感だけで休み、

自主的にコロナ検査

面と向かって喋りながら食事なんてしない

消毒しなさすぎ

ていうかそもそも

体温計や手指消毒アルコールが

ホコリだらけなことが意味わからない

こんな管理状態で保護者に

熱計ってください

消毒してください言ってるのかい?

 

と、目も耳も疑う世界でした

 

でもこれはこの人たちが

悪いわけではなく

看護師世界では当たり前のことが

ここでは当たり前ではないということ

逆もまた然り

 

看護師世界がいかに真面目集団か

目の当たりにしました

 

バカみたいだよね

でもバカみたいなことを

時にバカみたいと思いながらも

バカみたいにやってきたんですよ

 

でもね

わたし自身、コロナ病棟勤務の時

毎朝熱なんて測ってなかったんですよ(笑)

体感でわかるので

毎日適当な数値書いてたんですよ(笑)

 

咳が出ても

霊障によるものだと分かっているので

自主的に休んでコロナ検査なんて

したことないんですよ(笑)

 

まぁこれは

わたし自身が人間の枠から外れてる

というのがベースにあるからなのですが

 

今思えば

わたしは同じことできないけど

コロナ病棟の環境に適応して

一丁前に働いてたということですね

 

そしてその現代医療の

キッチリした水準で働いていた中で

保育園に飛び込んだ時の

衝撃が大きかったんですね

 

保育士の言動に対し

「その根拠は?」と思う自分に

自分自身が

看護学生の時から言われ続けた言葉を

自分が思う日が来るなんてと

不思議な苦悩でした

 

「根拠は?」は

看護学生あるあるではないでしょうか

 

医療世界は通常、

人様の命相手に仕事をするので

根拠があり

それをわかった上で行動し

評価し、課題を見出しますからね

 

それがどういうことか。

今の職場で

根拠ナッシングの保育士たちを見て

「根拠」というものは

筋が通っているということ

仕事に責任を持つということだと

分かりました。

 

仕事に責任をもっている人は

根拠があるかないか

分かっているということや

 

今この人、目の前の仕事に

責任をもっているか

というようなことが

見て分かるようになりました

 

わたしは保育士世界に来て

「そうじゃないでしょう」

と思うことで

同じことが出来なかった頃の

自分の過去に立ち戻り

その当時の先輩の気持ちを今体感し、

時を経て

自分の学びが深まっていることを

体験していたのです。

 

保育士の言動により

過去の自分に立ち戻り学ぶ期間を過ぎると

保育士に対し

甘んじることなく

自律しなさい

と思うようになりました

 

ようするに

「それは誠か」

「そこに愛はあるのか」

というものを

心の中で問うようになりました

 

幼少期から

「それは優しさ?」

「何が優しさ?」

と自分や他人に

心の中で問いながら生きてきたわたしですが

 

気付いたら今は

自分、他人と明確に分けて

他人が悪い!と

突っぱねるのではなく

 

他人の行動もまた

わたしの世界で起きていることとして

共に学ぶような姿勢で

冷静に問うてるような感覚です

 

感情的ではない

けれども静かに立っている

どこか感じる圧迫感

 

誠じゃない

愛じゃないことに対して

わざわざ

自分が甘んじて

人に合わせるようなことはしませんでした

 

わたしはできないことを

なんでできないのと

責めることはしません

 

わたしだって

できないことは沢山ある

 

自分もそうだから人にも

というより

それが問題ではないと知っている

わたしの世界では

できないことは問題じゃないからです

 

わたしが問うてるのは

できないならできないと

自分で言うのが筋でしょう

誰かなにかのせいにするのはきらい。

相手がしてくれない

相手が察してくれないじゃなくて

自分はここが出来なくて

ここに助けが欲しいから

ここを助けてください

というのがあなたの責任じゃないでしょうか?

人に求めるのはやめなさい。

自律してください。

 

そんなふうに思っていましたが

わたし自身が

人に求めていたんだと気付きました

 

それじゃあ上手くいかないんだ

それはわたし水準の世界なんだ

わたしが傲慢でした

 

肩肘張らずに

この環境を生きようと思いました

 

そんな行動して欲しくないから

わたしもそれに加担しない

 

そういう理屈じゃなくて

形はどうであれ

わたしがわたしらしく

わたしが穏やかで

わたしが笑顔でいることで

ぜんぶ上手くいくんだろうなって

そんなふうに

思えるようになりました

 

ちなみに

子どもと保護者には

包み込むような愛で接しています

マリアです。キラキラ✨

わら

 

同僚にもやさしくします

いや、元よりわたしは普通に

やさしいんですけどね(笑)

 

中国のことわざで

一年先は花、十年先は木、百年先は人を育てる

というものがあるそうです

 

愛が深くなることで

人間レベルでは厳しく感じるのでしょう

バランスが必要ということですね

 

目の前の「救った風」より

本当に相手のためになることも見えるが故

厳しく見られることが

あるんだろうなと思いました

 

まぁ

真面目が故

こんなことを言っていますが

わたしの雰囲気的に

わたしのことを全然厳しくなく

何でも受け入れてくれると思ってる人も

一定数います

 

なのでバランスはとれていて

人間関係に問題はないのですが

 

父がポンになったり

インフルエンザーになったりして

仕事の休み明けに

職場がパラレルチェンジしていました

 

病み上がりに優しくされて

大袈裟な

なんて思うかもしれませんが

思っていた以上に

人間は弱く

人間は優しい

わたしはそんなふうに思いました

 

わたしは強く見られがちなので

わたしの弱さが見えたことで

隙間が埋まったような気もします

 

まぁ傷の舐め合いは

求めてないのですが

 

こんなこと言うから

とんがっちゃうんですけどね

うしし

人前では言いませんよ

ここも人前か

うしし

 

わたしが言いたかったのは

わたし自身の

無意識の気張りが解けたから

だと思います

 

もっと肩肘張らずに

この環境を生きようと思いました

 

職場の人に限らず

多くの知り合いにそう思った。

ありがとう。

大好きよ!!!✨

 

 

 

 

インフルエンザー

 

看護師ということもあり

看護学生の頃から当たり前に打っていましたが

3年前からワクチンは打っていません

 

体験録です

 

土曜の朝、起床時

身体に違和感があり

「わたしの身体に何が起きている?」

 

喉の痛み、赤み、腫れ

関節痛、全身倦怠感

体温38.1℃まで上昇

次々に症状が出現

 

職場で大流行中の

インフルエンザじゃーん

 

久しぶりになりました

最後はいつだったかしら

 

動くのもしんどいけど

高時給のアルバイトを当日欠勤し

クビになりたくないのと

何より翌日家族旅行だから

診断が知りたいわたし

 

もはや占い。

 

受診したら

クリニックを間違えました

歩いているうちに

みるみる気分が良くなってきて

新鮮な空気と

歩くことが

健康に良いことを改めて実感

 

帰宅したら36.6℃へ解熱

医学的に見ると熱型による変動でも

宇宙的には

クリニックを間違えたことも合わせて

受診必要ないよ

というメッセージだったのでしょう

 

しかし旅行があり

行くか行かまいか判断基準が欲しいため

こりずに受診したら

コロナ、インフルエンザ共に陰性

 

ロキソニンとネキシウムを

処方されましたが

そんなものは不要なので

もらわずに帰りました

 

隣町のクリニックへ

自転車こいで体力使ってまで

受診する必要なかったわー

でもこういうの地球あるある

人間っぽいよね

 

ナビ使っても迷うし

Dr.コトー並に古いクリニックで

入るのビビったし

帰り雨降るし

天からのサインの多さよ

 

しかし検査が陰性とは

この3年

世界がコロナに夢中だったから

病院でもインフルエンザ対応してなくて

すっかり忘れてたけど

検査のタイミングが早すぎの

偽陰性だわこれ

 

だって症状は

確実にインフルエンザ

 

でもこれこそ

わたしにとってのアンサーで

家族旅行GO!

と受け取りました

 

常識からしたら

理解不能なかもしれませんが

 

実は旅行翌日の父の受診を

見送りたい想いがあったのです

 

説得しましょうと

魂の先輩から言われたけど

じゃあほんとうに

じぶんがそこまでしたいのか

そこまでの決意が

まだないことを自覚し

どうしようか考えていた所でした

 

いわば

このインフルエンザは運命的

 

運命は命懸けですからね

信じてみます

 

ちな、インフルエンザごときで

父は死にませんし

母は絶対にインフルエンザに

かからないので心配していませんでした

 

思い返すと

前日の保育中に

肩甲骨の間を

鈍器で殴られたような痛みがあり

マイブームの

ビールと餃子による

臓器、関節痛だなと

思って気にしなかったけど

多分インフルエンザウイルスとの

奮闘だったのでしょうね

やーー!!!🤺

 

とにかくこの日は菌食と

身体が欲するいちごを取り

身体を温めながら

ひたすら眠りました

 

旅行の支度もせず

旅行初日の朝を迎えました

 

37.7℃

よし!解熱!

運命が背を押してくるのでGOです!

 

電車では超省エネモードでしたが

父母に会い

車に乗り込んだ瞬間

旅行モードになりました

 

諸症状は消えて

残ったのはたまに出る咳のみ

 

旅行2日目の夜

父が咳をしはじめました

 

あら。。。

ついに移っちゃったかしら

ぐったりしたら可哀想だ

 

と、身体を温めたり

お湯飲ませたり、菌食を飲ませたりして

やっぱり

人の体調不良は望まないので

安寧を祈りました

 

翌朝、珍しく父が布団から出ないので

まさか発熱か?と思い

熱を計ってもらったら

36.6℃

 

70歳手前で筋力も落ちて

この平熱なら大丈夫だ

 

どうやら若い頃の平熱は

37.0度超えだったらしい

 

あんた、ポン大丈夫だよ

と思いました(笑)

 

ちなみにわたしは

旅行から帰宅して

安静療養していたのですが

絶えず咳が出ては

吐き気を催したり

 

粘稠性の鼻水が出ると思ったら

朝起きたら目が開かないほどの目ヤニで

白目が真っ赤に腫れて

鼻から目の周りを触ると痛くて

めっっちゃデトックスしている

 

働くき満々だったのですが

さすがに療養が必要だと

身体から猛烈にサインがあり

初めて仕事を休みました

 

その後父から体調不良の知らせはないので

父の変化は分かりませんが

インフルエンザーにかかったことで

あらゆる排毒をしているのはわたし

 

これを機に

しばらくマイブームだった

ビールも餃子も手放し

オレンジブームです

 

身体がアルカリ性を保とうとしたり

ビタミンCを摂取したいのでしょうね

 

目からは耐えず緑の目ヤニが出てきて

目ヤニが出たら流し

鼻からも出し

咳からも出し

デトックスをすすめています

 

この日仕事を休んだことで

デトックス

掃除、断捨離に加え

宇宙勉強8時間という

もはや宇宙勉強をするために

色んなタイミングが

重なったのではないかと思っています

 

非常に意味がある

わたしにとっての転換日となりました

 

翌日、仕事に復帰すると

仕事世界がパラレルチェンジしていました

 

生まれ変わったんだなと

思いました

 

良い兆候です。

 

 

 

ポン撃沈、じゃなかった?

 

楽しい旅行が終わった瞬間

父の運命に

果たし状を出した気分です

 

そんなつもりはなかった

 

身体から

あらゆるデトックスが起こっており

運命と戦っているようです

 

言い過ぎちゃった

 

なんであんなこと言っちゃったんだろう

 

もう元の関係には戻れないのかな

 

「あんまり正直でいると

自分も相手も疲れちゃうよ」

 

なんて、TVから聞こえてきました

 

やだわぁ

何がやだって

自分のせいで

自分が疲れるのはいいけど

相手を疲れさすのは

非常にやだねぇ

 

やだねったらやだねぇ

 

落ち着いて。

目を閉じててもいいから

相手をみなさい

 

「相手をみなさい」

 

答えが見つかったなら

もう大丈夫

 

わたしをわたしを許します

頑張ったじゃん。

 

人間はどうにも自己否定的

それはその方が楽だからだった

 

いたたまれない気持ちを

ここに吐き出したら

自分が綴った言葉を

見返す勇気が出ました

 

ちゃんと見て

わたしが発した言葉を

 

ほら、大丈夫

 

刃物じゃなかったよ

 

不器用だけど

そこにあるのは

等身大の愛じゃない

 

全身全霊のI love youじゃない

 

何を怖がっているの

 

人間、気持ち次第で

見えるものが変わるんだね

 

暗く鋭いものだと思っていたそれは

あたたかな涙が光る、勇者の言葉じゃない

 

ドントウォーリービーハッピー!!

 

 

 

家族旅行

 

行ってきました!

 

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おまんじゅう可愛い


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イカが座っていました

 

父から「今回は干物を味わいたい!」

と言う提案があり

わたしもとっても楽しみにしていました

うしし

 

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さばみりん

 

写真はないですが

お気に入りは

あじの一夜干し!絶品でした

 

そして

あじみりんがめっちゃ美味しかったです😳💨

 

ぐり茶を飲んでいましたが

おビール飲みたい!と思い

速攻頼みました。カンパーイ!

 

熱海駅前の商店街の中にある

「魚とや」というお店です。

 

2泊3日で3回行きました(笑)

 


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こちらは手作り南瓜ぷりんと

自家焙煎珈琲

おいしい~☺️

 

「藍花」という和モダンなお店

とても気に入りました✨

 

隣の雑貨屋さんが

非常にかわいくて

是非また立ち寄りたいです

 


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最終日、いつか行きたかった

來宮神社が近いということで参拝!


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本州1の巨樹!

樹齢2100年越えの御神木、大楠です。

大きい~!

 

この旅行、非常に楽しかったです。

 

結局、

父に立ち向かう勇気がもてないまま

旅行当日を迎え

その上

前日から体調を崩していたのですが

今までだったら

有り得ない変化が沢山おこり

するする進みました

 

それにより

気付いたら

立ち向かうことを決意して

気付いたら

行動していました

 

なんだか

勝手に運命が進んでいる

 

何度も体感し、何度も教えられる

自分次第、なんですね

 

ポン、進む

 

このまま

父の死を受け入れて

今までとおり

良い父娘関係であれば

どんなに幸せか

その時間がどんなに宝物か

魂に刻まれる

暖かい記憶になると

わたしは知っている

 

けれど

この大運命に立ち向かってしまったら

人生の最期を迎える父の

限られた時間の中で

今の関係が壊れてしまうかもしれない

大きな傷をつくってしまうかもしれない

いたたまれない気持ちで

死を迎えることにしてしまうかもしれない

 

非常に

非常に勇気と労力がいること

 

でも運命に立ち向かう話しを

第一に聞けて

そして納得している

自分がいるということは

一歩進んだということ

 

何より

いくつもの偶然が

天からのサポートだと

教えてくれている

アピールしてくれている

 

人間は死ぬ物だから

どうするもなにもなくて

わたしにできることは

運命をちゃんと見つめて

共に歩むしかない

と思っていたので

 

当初、魂の先輩に

相談するつもりはなく

がんが消えた人のエピソードを聞いて

希望を増やしたかっただけなのですが

 

大運命に重ねる

大運命の船が訪れて

運命の分岐点に立っています

 

魂の先輩と話した後

初めて涙が出ました

 

3秒くらい

嗚咽がでるほど泣いても

ふぅ、と治まり

自分の足で立っているわたしは

ほんとうに逞しいなと

もっと泣いてもいいのにと思いますが

まぁそんな自分が

自分らしいなと感じます

 

泣くのも

泣き止むのも

感情より先に

 

好きに考えてもいいけど

どうやら運命は

勝手に進んでいる

 

 

 

 

ポンその後

 

わたしの命をあげたい

とか

親の死を受け入れる

とか

 

それが出来ない人にとっては

そもそも論外で

生命維持が難しいかもしれないし

 

それが難しい人にとっては

とても辛いことでしょう

 

わたしのように

それができる人にとっては

1番簡単なことなのかも

 

もちろん

辞書で引くような意味の

「簡単」というものではなくて

 

泪を知っている、ということ

 

だから

あえて

宇宙的な厳しい言い方をすると

わたしにとっては

父の死を受け入れる準備していることが

いちばん簡単なことなのかもしれません

 

まぁそれは

泪を請け負っているということで

それができる

魂だからなのでしょうけれど

 

はたまた

父がまだ生きていたいなら

私の命をあげたいだなんて

いくら瞑想的に思ったことでも

それはなんか違ったな

 

父が死に向かうならそれでいいし

もし生きていたいなら

という

俯瞰した視点の話しなので

わざわざ

人間レベルに落とし込んで

自分を責める必要はないんですけど

 

上に上がれる人は

上に上がる方が簡単なんだった

 

その上で

この地球でどう動き回るか

 

運命に体当たりしているんだった

 

その時の自分からは

一歩、進んだみたい

 

さて、魂の先輩から

その選択以上の運命に

立ち向かう促しがありました

 

非常にハードです

 

ダイ・ハードです!

 

静かにじっとしていたいところ

非常に忙しい?くなる?

 

なるほど

向き合うと

立ち向かうは違うんですね

 

向き合う、受け入れるは

静かなエネルギーなんだ

 

大きな運命が訪れて

わたしはまず

向き合っていたんだね

 

そこで終わっても上出来

そこで終わっても安寧

 

けれど

わたしひとりではなく

父や母

ひとりひとりの魂の歴史にも関わるような

運命が

動き出したんだ

 

わたしが動き始めるんだ